子供が初めて熱をだした日は

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また改めて書こうと思っているのだが、
盛大な1歳の誕生祝いが終わった。
無理をしたためか、ほっとしたためかわからないが、翌日から私は風邪をひいた。
喉の奥が熱く痛み、微熱が出た。
最近の風邪がいつもそうなように、ほっとくと副鼻腔炎になって苦しむことになりそうなので、早々と病院に行って薬を処方してもらった。薬を飲むと、私の風邪はたちまちおさまり、風邪期間は2日で終わった。

が、しかし。
その風邪が今度は息子を襲った。
保育園に行っていない息子は、今日まで病気に感染したことがなく、発熱したことがない。
満1歳にして、本人も親の私も、初発熱なのだ。
その日、息子はコホコホと演劇で役者がするような、典型的な咳をした。少し痰が絡んだ、乾いた咳だ。金曜日だったこともあり、私は週末にオロオロしないでいいように小児科に行った。聴診器をあててられ、嫌がっている息子だったが、肺から変な音は聞こえない時は言われ、ほっとした。その時は発熱していなかったのだが、念のため、咳止めシロップとともに解熱シロップももらって帰路についた。

頻繁に体温を測っていたが、熱は上がらないまま夜を迎えた。
とても元気なのに体中がすごく熱い。
頭も熱い。体温計で測ると39度7分になっていた。内心、すごく動揺しながらも、嫌がる口にスポイトで薬を飲ませる。体を拭き、少しでも熱が下がるようにするが、息子は濡れタオルがどうしても嫌いのようだ。

イオン水も用意したが飲まず、授乳。
脱水症にならないか心配でたまらない。
しんどいから泣くが、泣くと咳がでて苦しむ。
ぐずってうまく寝られず、最終、私の胸の上で寝る。寝にくいはずだが、息子はたまにここで寝る。

ぐっすり寝た頃、布団に下ろすと、もぞもぞと起きて抗議の目つき。そしてアーンと泣くと、こてんと倒れて寝た。
時々、鳴き声をあげると、授乳をして、体を拭き、冷えピタを貼ってすぐに剥がされ、を繰り返した。

朝、以前、熱が高かったので、薬を飲ませる。
その後、薬がきき、37度6分まで下がる。
まだ暗いが夫が仕事に行く前に24時間スーパーに買い物に行く。あまりいい品じゃないが、仕方がない。
帰ると息子は元気に起きて、お気に入りのDVDを見ていた。機嫌も良さそう。

そして今、またぐっすりと寝ている。
微熱があるが、少し体の熱は下がってきたようだ。今日は2人でゴロゴロして過ごそう。


朝ごはん

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知合いの老夫婦に、毎朝いろんな喫茶店にモーニングを食べ歩いていた人たちがいた。
毎朝、夫婦で散歩をし、ゆっくり新聞を読み、珈琲を飲み、朝食を食べるのはとても優雅なことに思えた。しかもランチやディナーより安くつくのだ。

その話を聞いて、私はすぐにその習慣に憧れた。とはいえ、彼らのように毎日、朝食を食べ歩くことはできない。
だが、休みの日、目をつけていたお店に行くことは、とても楽しい。

トーストに卵、ベーコンとサラダ。
シンプルなメニューなのにとびきり美味しい。
朝の時間を丁寧に過ごすと休みの日は10倍楽しくなる。
今日はとっても幸せな日。

さて、2017年。
今年も素敵なことがたくさんありますように。



中味汁をつくる

あと2週間すると、息子が1歳になる。
早かった!
すさまじく早かった!
ほんと、あっという間だったけど、
息子がいない日々はもう想像できないし、したくない。
こんなにメロメロの親バカにしてくれた息子に感謝。

さて、タイトルに戻るとする。
沖縄ではお祝いごとがあるときに中味汁を作る。豚のモツをつかった汁物なのだが、
モツの油を丁寧に丁寧に繰り返し洗うことで取り除き、とてもあっさりした味わい深いお澄ましになるのだ。
この中味汁に初挑戦してみた。
理由は誕生会で総勢50名を越える親戚たちにふるまうための練習だ。
市場で汁用のモツを買い、小麦粉を揉み込み油と臭いをとり、茹でこぼす。これを水が透明になるまで、繰り返す。ここで手を抜くと、台無しになるので、ちゃんとする。
あとは、戻しておいた干し椎茸、カツオだしを加え、沸騰しないように気をつけて出来上がり。

あっさりとした上品なお汁。
次は中身だけではなく、豚肉の細切りを加えた少しボリュームのある中味汁に挑戦したい。

絶品のハワイアンレストラン

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アラハビーチのはずれの木陰に幾つかの店がある。そのひとつが、BEAR'S(ベアーズ)というハワイアンレストランだ。
ガーリックシュリンプが本場ハワイより美味しいと評判の店だ。
気になっていたが、なかなか行く機会がなく、
先日、ようやく行くことができた。
ガーリックシュリンプかモアモアチキンか悩んでいると、毎週通っているという常連さんが、両方食べられるミックスグリルをお勧めしてくれた。

その常連さんもそうだが、他のお客さんもお子様連れが多く、和やかな雰囲気。
こういう店に子供を連れて来られるってら沖縄っていいとこだなって思う。

木や芝生、奥に見える海を見ながら、しばらく待っていると、めちゃくちゃいい匂いが!
お待ちかねのミックスグリルは、ハワイで食べたものと同じくぽこっと形作られたライスが鎮座し、その横にガーリックシュリンプ&モアモアチキンがどどーんと。
味がしっかりついてて、ご飯が進む進む!
エビの皮もパリパリして美味しい!
チキンも中がジューシー!
ハワイアンプレートにお決まりのマカロニサラダも美味しい!
あっという間に完食。

お勧めできるお店です。
が、店主夫婦が東京に戻るらしく、もうすぐ東京に移転のようです。
このロケーションで味わえるのは今だけ!
また行こうっと!

これからの生き方について

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私は夫と9ヶ月になる息子と3人、沖縄で暮らしている。生まれ育ったのは神戸で、学生生活と社会人生活を合わせると、約10年を東京で過ごした。結婚を機に沖縄に移り住むため、仕事を辞めた。妊娠中、安定期から臨月まで、契約社員として働き、産後はまた復帰の予定だった。
しかし、私の場合も保育園問題が立ちはだかり、正社員でも育休中でもない私にとって、認可保育園への入園は非常に可能性の薄いものとなっている。また仮に認可保育園もしくは無認可保育園に入れたとしても、夫婦とも土日祝日休みではない私たちには、日祝の息子の預け先は頭の痛い問題である。頼るべき、私の両親は健在だが神戸におり、夫の両親も仕事とその親の介護を抱えており、頼める状況ではない。
つまり、保育園問題が解決しても、夫婦どちらかの働き方が変わらなければ、問題は解決しないのだ。

と、いうことで、どうするか。
それは以下の5択になる。

①専業主婦を継続。
②妊娠中に働いていた職場に、日祝休みにしてもらえるよう頼み込む。
③月〜金の仕事を探す。
在宅ワークの仕事を探す。
⑤起業する。

②③は保育園に預ける必要があるが、経済的にも安心&安定である。しかし、子供の急な病気をはじめ、気遣いが絶えないだろう。 
①はいい加減主婦の私にとっては、とても楽ちんだが、経済的なことや、自己実現には不満が残る。
よって④か⑤である。
④も小遣い稼ぎには魅力的。
でも、どうせなら⑤といきたいと思う。

子供が大きくなった後にもガムシャラに働ける場所を自分の力で作ってみたい。
小さくてもアルバイト程度の稼ぎも難しいかもしれないが。

とはいえ、まだ迷う。
お金がほしいと思ったり、楽したいと思ったり。でも、やりがいがあることを、したいと強く思う。せっかくの人生。
一歩目を踏み出そう。

アスファルトに咲く花



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散歩している時、ふと目に止まる風景がある。
綺麗に手入れされた植木鉢や庭の草花もいいが、アスファルトの隙間からのびた草花の美しいこと。
雨降り後は尚のこと。
しばし目を離せなくなる。

花屋さんでは置かれない花、
ちゃんとした名前も知らない花、
でも、この花は、こんなにも私を力づけてくれる。

この場所で咲いてみせる。
そう思う、夏の終わり。

息子

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私には8ヶ月になる息子がいる。
もうハイハイもできるし、つかまり立ちもする。人間の子は動物に比べ、成長がゆっくりと言うが、一緒にいると、毎日何かが出来るようになるこの8ヶ月間は、驚くほどのスピードだった。
でも一番驚くべきことは、私が産後鬱にもならず、息子を溺愛し、子育てを「楽しい」と思っていることだ。私がこんな風になることを、誰が予想できただろう?体温の高い息子の体を感じながら、私は息子の存在を初めて気づいた日のことを思い出す。

私は子供を持つことに消極的だった。
初めに言っておくが、私は自分の気持ちに正直に生きてきた。一番大切で可愛いのは自分だったし、一人暮らしをして10年以上経つし、社会人としてもそれなりにやってきたが、たまに実家に帰ると末っ子丸出しで親に甘えた。つまり、30代にもなって、まだまだ子供なのだ。
しかし、夫の両親や親戚は、結婚が決まった日から「孫が楽しみ」攻撃を始めた。子供の素晴らしさを延々と話す姿に辟易としながらも、一方で、自分が不妊でないか不安でもあった。

しかし、これまで特別に子供を可愛いと思ったり、欲しいと思ったことはなかったから、
自然にゆっくり、出来たら出来た時に考えよう!出来なかったら2人で仲良く暮らそう!と考えていた。

そんな私の妊娠が分かったのは、結婚式をあげた一月後、新婚旅行から帰ってすぐだった。
暑い、怠い、でも眠れない、という状況が何日が続き、まさかとは思ったが、とりあえず市販の検査薬を試してみると、くっきり陽性の反応がでた。
その時、私は、冷静さを保ちつつも戸惑っていた。妊娠できたことの安堵、トントン拍子過ぎる展開、流産の不安、自分たちの生活の変化への不安‥‥つまり不安のほうが多くて、ドラマや映画やサプライズムービーに出てくる人たちのように、「子供よ!子供ができたのよー!!!」なんて言う風にハイテンションにはならなかった。夫に「妊娠したみたい。ほら。」と検査薬を見せながら伝えると、夫も実感が湧かない感じで、ポカンとしていた。私が「嬉しい?」と聞くと、夫は「ん、でも、実感がないからよく分からない」と答えた。でも、新しい命の誕生を喜ばないのは悪い気がして、2人でそぉっと抱き合ってみた。それは、なんだか肩を寄せ合って、これから起こる大きな変化を前にお互いを慰めているような抱擁だった。

今、思うと、息子はこんな両親の様子をお腹で感じ、さぞ、不安だったことだろう。
でも、息子はこんな頼りない両親の元に10ヶ月の時を経て、立派に生まれてきてくれた。
これから、ゆっくりゆっくり、時間をかけて、私たちは家族になる。
今より、ずっと、家族になる。